国民の健康哲学 生き方哲学の醸成を

他の投稿でもあるように、医療費の大半が高齢者に使われるようになり、日本全体が在宅医療への移行期間ということや わかりにくい医療保険と介護保険のあり方の課題、保健所保健師などによる保健指導、日常医療に使う医療保険 介護になったら使う介護保険の縦割りで役割が不明瞭になり、介護保険の視点からの考えや発想が強く医療にも反映し、かつ国民も若い人はあまり医療や介護を使うことが無いので 意見も多くが高齢者から出される中で 濃厚に濃厚にサービスが投下される状況の中で 国民自身への健康教育はどこに行ってしまったのだろう と思うことが多々あります。生活扶助の議論でも医療の部分はあまり語られず。医療扶助の点で 生活保護の方はくすりをすべてGEにする・・それは ものすごい馬鹿でかいことの一端のみの話で、受療する方法のあり方が問われていないのではないかと思います。

どんどんサービスがはいってしまうこと
自分でできることを自分で考えて危機感をもって生活すること
これは相反する現象です。
私などのように薬局で 地域の人たちをずっと長くみていると、ええ何でこの人に介護保険のサービスが入ってしまうんだろう・・と思うケースは多いですし、特養が要介護3以上の方ばかりになって、家族や本人への説明の無い中で特養が利用されれば、「薬は今迄通りお願いします ちょっと不調の時は心配ですから病院につれてゆきます」という家族の意向でスタッフは翻弄され、そもそも特養をどのように活用してゆくのかの市民意識が無ければ アット悠馬に特養=ミニ病院のようになってしまいます それだけの看護師や医師や薬剤師の配置が増えたわけでもないですから 人材が集まりません ので悪循環。

日本は、国民への健康に対する考え方の教育 健康哲学 のようなものをもっと教え合う国にしていかないと 本当に 提供者側の論理で医療介護費を食いつぶしつぶれてしまいます。

もっと関心のある国民 いや、そんなきれいごとでなく自分だけでもまっとうな老後を送りたいと思うような国民 を増やしていかなくては。女性の健康支援のみならず 特養のあり方や 在宅医療の在り方の中での 主人公の哲学をもっと考えてゆきたいと思います。

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