2017年09月24日

人間としてできること ちいきのひずみ


社会や経済や 何かイノベーティブなことをしたい人たちや AIをどんどん活用しようとする動き ずいぶん前からの業務効率化という流れとは裏腹に
絶対人間にしかできないので、できる人間にさせておこうという世の中のひずみが 若い働き手にものすごい負担になっているようなそんな日本になっていないかと。

たとえば、保護課の若い行政の人たちの日々の業務。
まだ自分たちの生活さえおぼつかず、それでも夢を持って行政に就職した若者たちと 日々の担当する住民とのやり取りの中で どこかの何かが壊れてゆく人間というものへのみかた。

たとえば、認知症であるが本人大変元気な高齢者を保護される警察の担当の方たち。

特養で一生懸命、少ない人数で見守っていてもちょっとのアクシデントで尻もちついたりしてしまう場合もあるのだが、それを家族に一生懸命 報告し謝るような今の情勢。

緩和ケアとか色々でてくるけど、そうゆう若者たちへの緩和ケアも必要な気がするんだよね。
その部署にはいきたくないとおもっても 配属は自分の意思とは関係なく回ってくるわけで。
そこだけは効率化や AI化できないからといって ベテランではなくなぜか割り振られた若者が頑張っているという現実。

こうゆう部分こそ、地域の実年熟年層がボランティアワークとしてお手伝いできるようなことができないもんかねえ。

きょうも そうゆう 警察マン、保護担当者、特養で働く若者と接して痛感するけど 無力な自分にも哀しいかな。
人間力を発揮して 頑張ってほしいもんだなあと。なにか自分にできる地域貢献をしたいもんだなあと。

効率化と 人間の生き様はいま 段々とかけ離れて言っているような気がする。
posted by みゃんこ at 23:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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